先日発表された令和8年度与党税制改正大綱のうち、「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化の見直し」がM&Aにおけるスキーム選択に大きな影響を及ぼす可能性があります。
今回はその改正の内容について解説していきたいと思います。
令和8年度税制改正大綱では、令和5年度税制改正で導入した「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化に係る措置」について、税負担の公平性の確保を図る観点から見直しを行うとされています。
もともと「1億円の壁」といわれる、株式売却益に対する課税はどこまでいっても約2割、給与等の課税は超過累進で最高約55%、したがって所得が1億円を超えるくらいから株式売却益の所得割合が高い納税者が増えてくるのでマクロで見ると高所得者ほど税負担割合が低くなっていく現象がありました。そこで、令和5年度税制改正において、税負担の公平性を確保する観点から、おおむね平均的な水準として30億円を超える高い所得を対象として、極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置(租税特別措置法第41条の19に規定する「特定の基準所得金額の課税の特例」)が導入されました。具体的には、個人のその年分の基準所得金額のうち3億3,000万円を超える所得の22.5%相当額(または、その年分の基準所得税額とのいずれか高い金額)を課税することとされました。
※参照:国税庁ホームページ
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/kiwataka/index.htm
令和8年度税制改正では、追加の税負担を計算する基礎となる基準所得金額から控除する特別控除額(現行3.3億円)を1.65億円に引き下げ、税率(現行22.5%)を30%に引き上げられる方向です。
M&Aにおいて売り手が譲渡対価をどのような方法で回収するかについては、大きく分けて下記の2つの方法があります。
売り手の課税関係は、①株式譲渡については譲渡益に対して20.315%の所得税・住民税が課税されるのに対し、②退職金については退職所得控除額控除後の金額の1/2の金額に対して超過累進税率により課税されます。つまり、株式譲渡についてはどこまで高額になっても税率は一定であることに対して、退職金については金額が高くなるほど税率が高くなります。したがって譲渡対価が高額のM&Aにおいては、売り手にとっては退職金よりも株式譲渡での譲渡対価の回収を選ぶ方が有利となります(ただし買い手にとっては、自身の持ち出しが少なくなり、承継後の繰越欠損金による法人税の負担が軽減されることから、退職金による清算の方が有利になる場合が多いと考えられます。)。
上記4では、M&Aの譲渡対価が多額になると、売り手にとっては退職金よりも株式譲渡での回収の方が税負担が軽減されると説明しましたが、今回の税制改正大綱の内容が成立すると逆に株式譲渡を選択した方が税負担が増える可能性があります(正確に言うと、その現象が起こるラインが大幅に引き下げられることとなるため、該当することとなる売り手が増加することとなります。)。
改正後はM&Aによる売り手の譲渡益が約6億円を超えると、退職金でもらう方が有利になりそうです。
①元々の所得税:7億円×15.315%=1億720万5千円
②改正後の所得税:(7億円-1.65億円)×30%=1億6,050万円
(7億/2×45%-4,796,000円)×102.1%≒1億5,591万円
∴現状の税制では⑴①<⑵なので株式譲渡を選択していた。
改正後は⑴②>⑵なので退職金の方が売り手にとっては有利。
※本稿のシミュレーションは、株式譲渡と退職金のいずれか一方のみをスキームとして選択することを前提としています。両方のスキームを組み合わせる場合は別途税額比較シミュレーションが必要となります。
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