持分なし医療法人でもM&Aで譲渡することが出来ることは皆さまご存知かと存じます。しかしながら、株式会社(会社法)と混同している方がM&A仲介会社や顧問税理士の中にもいらっしゃいます。
M&Aの場面で、医療法人の株式会社との取扱いの主な違いは下記のとおりです。
株式会社の場合は、株式を取得して株主になれば議決権を持つことができますが、医療法人は出資を所有する「出資者」と法人の最高意思決定権をもつ「社員」は全く異なる地位となります。たまたま同じ人が出資者と社員を兼務しているケースが多いので混同しがちですが、本来は別々の地位です。M&Aの場面で、株式会社の株式譲渡契約書を少し文言を変えてそのまま医療法人のM&Aに準用している仲介会社を何度も見かけましたが、この場合、株式の譲渡の記載しかなく、具体的にどのように経営権(支配権)を移していくのか、すなわち社員と理事をどのように入れ替えていくのかも規定する必要があります。
つまり逆に言うと、持分なし医療法人で出資の譲渡が出来なくても社員と理事を入れ替えれば経営権(支配権)を譲ることが出来るため、M&Aをすることは可能です。
株式会社は株式の保有割合に応じて議決権の割合が決まりますが、医療法人の場合は出資割合に関係なく社員が一人一票をもつこととなります。つまり、持分の有無と医療法人の議決権割合は直接的には関係ないこととなります。
ただし、持分あり医療法人の場合は、出資者が社員も兼ねている場合に社員の退社時に出資持分の払戻請求権があるため、出資割合が大きいほど払戻金額も大きくなり、そのことをもって間接的な影響力があるということもできます(金額が大きいほど払戻請求された時の法人への資金繰りの影響が大きくなってしまう。)。
医療法人のM&Aのスキームとしては、出資持分譲渡、出資持分の払戻と社員の入退社、役員退職金による清算の3つの方法が考えられます。
買手としては買手自身の当面の持ち出しが少なく、承継後の法人税の軽減を考えると退職金による清算の方法にメリットが大きいケースが多いと考えられます。
これに対して売手としては、出資の譲渡による譲渡所得課税と退職金の受け取りによる退職所得課税のいずれが有利かはその金額の多寡により異なります。
これらのスキームを選択して組み合わせることが出来るという点では、退職金による清算しか選択しえない持分なし医療法人より持分あり医療法人の方がM&Aのスキームの選択肢が広がることになりますが、逆に言うと持分なし医療法人でも退職金による清算の方法をとることによりM&Aをすること自体は可能です。
株式会社では持ち合い等一部のケースを除いて法人が株式を保有して議決権を行使することが出来ますが、医療法人では制限があります。
株式会社を含む営利法人は医療法人へ出資はできますが、社員や役員となることはできません(平成 3 年 1 月 17 日東京弁護士会会長あて厚生省健康政策局指導課長回答より)。つまり医療の非営利性の徹底のため、営利法人自体が議決権や経営権を行使することが出来ません。また、営利法人が医療法人の出資を取得しても社員になることはできないため社員の退社による払戻請求権を行使することもできません(もちろん配当を受けることもできません。)。したがって医療法人のM&Aの場面で営利法人が時価で医療法人の出資を取得するケースは稀です。
なお医療法人の役員は原則として利害関係のある営利法人等の役職員を兼務することもできません(『医療機関の開設者の確認及び非営利性の確認について』平成 5 年 2 月 3 日付け厚生省健康政策局総務課長・指導課長通知より)。
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