財務DDの目的
医療法人のM&Aに限らず、M&Aの際に行われる財務DDは、主に下記の3つの目的のために、買い手が自らもしくは専門家に依頼して行われます。
- 譲渡後に隠れた瑕疵が発覚して損害賠償等に発展することを未然に防止
- 売り手の希望譲渡金額が適切かどうかの検討材料
- PMI(M&A後の事業の引継ぎや経営統合)の際に役立つ情報の啓発
大規模なM&Aの財務DDについては監査法人が行うことが多く、そのほかに法務DDを弁護士法人に依頼したり、税務DDを監査法人系の税理士法人に依頼することも多いですが、スモールM&Aの場合は財務DDのみを上記専門家を含むコンサルタントに依頼することが多いと考えられます。
財務DDの手続き
主に下記の3点について調査を行います。
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決算書の貸借対照表(資産・負債)の調査
資産については主に実在性に重点を置いた調査を行います。 例えばすでに除却済の固定資産が決算書に計上されていないかどうか等です。 負債については主に網羅性に重点を置いた調査を行います。 例えば産業廃棄物が廃棄されずに法人内に残されたままになっている場合の廃棄物処理費用等です。
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正常損益の把握
現状の資産負債の状況だけでなく、その法人が本来稼得することが出来る利益も、M&Aの譲渡対価の重要な決定要素となります。 例えば過去3事業年度の損益にM&Aの後に退任することになる役員の報酬を調整すること等により行います。
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定性面の留意事項の把握
上記の財務DDの過程で得た情報や売り手経営者からのヒアリング等に基づき、数字には表れていないM&Aの際の留意事項や、PMIでの役立つ情報を買い手に啓発します。 例えば、営業面での特殊性や売り手経営者の一身専属的な事項、人事面での問題点等があげられます。
医療法人の個別論点
医療法人での財務DDで特に注意すべき項目をいくつかご紹介させていただきます。
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現金
- 現金実査を毎期きちんと行い、金種表を作成しているか。現金の期末残高を数えず入出金の成り行きの残高が貸借対照表に資産計上されていないか。
- 窓口差額が多額に計上されていないか。診療報酬は診療月にレセプト請求額を概算計上し、2か月後に保険者(社会保険診療報酬支払基金、国保連合会)から入金されますが、概算計上額と入金額にあまりにも大きな乖離がある場合は窓口不正の可能性もありえます。
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窓口未収金
患者様ごとに管理できているか。患者様がすでにお亡くなりになられて回収不能となっていたり、長期滞留で放置されていたりしないか。
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棚卸資産
実地棚卸を毎期行っているか。決算日前後に実地棚卸を行っている場合、多額の仕入等の数量の調整は行われているか。特に院外処方ではなく院内処方のクリニックの場合、在庫金額が多額になるため注意が必要です。
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減価償却資産・土地
- すでに除却廃棄している固定資産が決算書に計上されたままになっていないか。
- 法人税等の納税額の調整等の目的の結果、過去に償却不足額が生じていないか。
- 土地については固定資産税評価額や路線価等から合理的に時価を見積もることも多いですが、億単位の多額の土地である場合には不動産鑑定評価等も検討する必要があります。
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ゴルフ会員権
医療法人の資産としてゴルフ会員権が計上されている場合もありますが、金額的重要性が高い場合は時価との大幅な乖離がないかゴルフ場や仲介業者等に確認する必要があります。
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保険積立金
経営者保障や従業員に対する福利厚生目的、決算対策として法人契約で保険に加入している場合、過去の損金不算入額が保険積立金(保険の種類によっては長期前払費用)として計上されていますので、保険会社に解約返戻金の額を確認する必要があります。
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役員貸付金
特別な利益供与として都道府県から指導の対象となる可能性があります。
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給与・人件費関係
- 未払給与(決算の直近の締め日の翌日から決算日までの期間に対応する給与相当額)が計上されているか。
- 未払社会保険料が計上されているか(社会保険料は該当月の翌月末日(休日の場合はその次の日)に口座引き落としのため)
- 賞与引当金(将来支払う賞与のうちその事業年度分の見積額)は計上されているか。
- 退職給付引当金(将来支払う退職金のうちその事業年度までの見積額)は計上されているか(中退共による支給予定額控除後の金額)。 ⑤役員退職慰労引当金については、M&A後に退任予定の売り手経営者の分は計上しません(最終的に退職金と出資金譲渡の配分で譲渡対価を決めるため)。
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租税債務関係
- 消費税課税事業者で税込経理の場合は、未払消費税等は決算仕訳で計上されているか。特に自由診療が多い診療科の場合は注意が必要です。
- 償却資産の申告は過去に適正に行われているか。追徴の可能性はないか。
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窓口収入
自由診療の計上漏れは重加算税(仮装隠蔽による法人税等の附帯税)の要因となります。
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役員報酬
- 退任予定の役員の報酬は標準的な金額に引き直す必要があります。
- 勤務実態がない子女に対する報酬はないか。
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特別損益
一時的な補助金や保険差益等の非経常的なものはないか。
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その他
重要な偶発事象や後発事象(DD対象日後に生じた重要な事象)はないか。