M&Aにおけるイグジットとは、創業者や法人の買い手が起業による資金を株式売却等により回収することを意味します。
創業者であれば設立時の出資額とM&Aによる売却時の差額が大ききくなるようなイグジットを目指すと思います。
法人経営による利益をどのように回収するかを考えた場合、役員報酬で回収するよりもイグジットによる株式売却で回収する方が有利であるといわれています。
役員報酬の場合は最大55%の所得税・住民税が課税されるのに対して、株式売却の場合は20%の課税で済むため、グロスでは同じ金額であってもネットでは株式売却のほうが有利になるというのが根拠です。
※簡略化のため、復興税や均等割等は度外視して考えています(以下同じ)。
株式売却益には約20%しか課税されないと上記で記載しましたが、創業者やオーナーの立場で考えると少し正確性を欠いた表現となります。
例えば法人が毎期100の税引前利益を上げている場合、法人税の実効税率が30%と仮定すると、当期純利益は70となります。 イグジットまでの期間を30年と仮定した場合は70×30=2,100の税引後利益をこの法人は計上したことになります。累積利益額である2,100がイグジットの際の売却益となる場合、2,100×(1‐20%)=1,680が差し引きの手残りとなります。つまり、1,680/2,100=80%ですが、法人への課税まで遡ると1,680/3,000=56%となり、実は20%ではなく44%課税されていることとなります。
同様に毎期100の利益を全額役員報酬として支給した場合は、法人への課税はなく、個人のみに最高55%の課税となります。 超過累進税率や給与所得控除等を加味すると、実際はもう少し低い税率となります。
実は20%と55%の差ではなく、44%と55%の差として考える必要があります。
上記の例で、30年目に累積利益額と同額の役員退職金を支給する場合、30年目の法人の利益は0(マイナス)となり法人税は課税されません。
退職金に対する個人の課税を約20%と仮定すると、(70×29年+100)×80%=1,704となり、株式売却による手残りと比べて1,704ー1,680=24の差が生じます。実際は退職金に対する実効税率は20%から多少上下することを考えると決定的な比較要因ではないようにも思われます。
ただし、最終年度に例えば2,130(=70×29年+100)の退職金を支給した場合は、売り手の代で使い切れない損金が2,030(=2,130-100)残ることになります。この2,030は買い手の代で原則10年間繰り越して毎期の課税所得から控除することとなります。
退職金でM&Aの譲渡対価を清算するのであれば、買い手に譲ることになるこの繰越欠損金も加味して交渉するか、退職金支給による法人の損金を前倒しで法人の損金とする方法(例:法人契約による生命保険の活用)を考える必要があると思われます。
医療法人でも不相当に高額な役員退職金については法人の損金にならないばかりではなく、医療法で禁じられている配当類似行為とみなされる可能性があるため注意が必要です(医療法54条)。
ただし、医療法人の場合はなかなか役員報酬とイグジットによる手残りを天秤にかけるという発想にはなりにくいと思われます。 医療法人を設立したり引き継いだ段階では「いかに地域医療のために貢献するか」を第一に考えられ、いきなりイグジットのことを考える余裕はないと考えられるからです。 通常は毎期役員報酬を支給し、事業承継が近づくにつれ、親族内承継か、勤務医へ引き継ぐのか、第三者承継を行うのか、ご自身の代で閉院されるのかを検討されることになると思われます。